切り方一つで味違う

いぶにんぐスペシャル
すてき私流 銅版画家 山本容子さん   2001年4月2日(月曜日)夕刊 読売新聞より

テーブルにでんと置かれた米国製フードプロセッサーとスイス製の手持ちミキサー。(弊社注:バーミックスのことです。)実用本位の武骨な調理器具と、優美な作風で知られる山本さんのイメージとの落差に戸惑わされる。 「年明けに東京・代官山の専門店で買ったの。今、フランス料理にハマってるんです」と、実にうれしそう。「あわせて六、七万円だったかな」

林真理子さんに誘われて 

知人の作家林真理子さんに誘われ、昨年からフランス料理の学校ル・コルドン・ブルー東京校に通っている。基礎から始め、最近、初級課程を修了。三か月間週二回、教材費込みで授業料は約六十万円。いずれはパリの本校でグラン・ディプロム(卒業証書)取得を目指す。 「自宅に家族や知人を呼んでよく授業の予習・復習をするんですけど、そうすると調理器具も、あれこれそろえたくなってくるでしょ。キッチンも最終的には業務用のものにしたいと思っているぐらい。調理の評判は? 味はともかく、盛りつけの美しさは、結構いいみたい」 しかし、ただでさえ多忙なのに、なぜ今料理を? 「私も、もうすぐ五十歳。そろそろ老後の準備をしなきゃって思い始めていたところ」むろん銅版画には一生打ち込むが、体力や集中力には限界があることも分かっている。「そうなったら、人生を豊にするすべとして、ほかに何かもっていてもいいのかなって」

人生豊かにする魔法の道具

フランス料理は、出来上がりから、調理の過程を想像しにくいのが気に入っている。「ブラックボックスを調理器具で解き明かしていくのが楽しくて。実際、食材の切り方一つで、味が微妙に違う。(弊社注:包丁の正本さんでも「切れる包丁は、味が違うとおっしゃっていました。)それが分かると、調理器具にもこだわりたくなってくるんです。銅版画の制作に似ているかも。それに、フランス料理の上手なおばあちゃんなんて、カッコいいと思いません?」
 話の合間に何度も調理器具を手にとりながら、柔和な表情を浮かべる。人生の新たなステージを
楽しんでいることが、よくわかる。ごつい印象の強かった調理器具が、豊かな老後を手に入れる
ための魔法のつえのように見えてきた。